カバ屋印 マムの素 

 
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deco7ちゃんのブログからひっぱてきた絵です。

春爛漫って感じがとてもよくでてて、好きです。

「春がきた」というお題です。この絵にdeco7

ちゃんは10CC(テンシイシイ)の曲を選んで

います♪

エピソードは笑えます。よろしかったらどうぞ。



さてマムがとても心配していることをお話しましょう。

昨日(24日土曜日)です。70歳をこされた常連Nさんが

久し振りにおいでになりました。(マムはパン屋ですぅ)

彼女は1日おきに‘胡桃パン’を購入なさるのですが

ここ一ヶ月はご来店がありませんでした。

で、理由判明!

一人暮しの彼女は不動産屋さんの粘り強い攻勢および

懇願に負けて住宅地としては一等地のM市の住宅を

手放してしまったとのこと。

問題はこれからです!!!

手放したのはいいけれど70過ぎの彼女に

だれもアパートを貸さず、ウィークリーマンションに

住んだり、ホテルに泊まっていたというのです。

マムはびっくりです。

だって、喉から誰もが手がでるほど欲しがる一等地を

「懇願」して買うなら当然不動産屋さんは次なる住まい

をあてがうのは最低条件だと思うのです。

不動産屋さんは知ってるはずですよね。

お年寄りに貸すところがないことを。



マムはNさんに言いました。

不動産屋さんがひどいと、ね。

すると、Nさんの口からついて出た言葉は。

「不動産やさんはいい人なのよ。だってこの前ね、

お台場の最高のホテルを二泊とってくれたのよ。

それはそれは夜景がきれいで・・・・」と

顔なんてうっとり!

マムは食い下がります。「アパートを見つける

責任があるでしょ!」。

Nさんは「不動産屋さんは、一生懸命さがしてくれてファックスで

いっぱい送られてくるのよ。いけないのは貸しての大家さんよ。

年寄りには貸せないのいってんばりなの」と不動産屋さん

をかばいます。



そうかもしれませんが、不動産屋さんにはわかりきったこと。

当然、大家さんを説き伏せるまでが仕事のはずですよね。

この場合は!



でね、彼女は言うわけ。

「でも心配しないで、やっと貸してくれる人が見つかったの。

駅前で便利なのよ。家賃が25万円なの。ちょっとそれが高いわね。」

おいおい、大丈夫かあ! いずれ、そこだって出ないといけないし

その時はもっと年とって借りれなくなるのに・・・。

夫に先立たれて子供のいないNさんの一人住まいの家賃が25万!

それこそ、足腰立たなくなったことを考慮してある程度のお金を

プールしておかないといけないのに。



そしてそしてもっと驚いたことは、

「お友達が風水の先生を紹介してくれたの」!と。

マムの頭には一瞬にしてよくない思いが!

そしてそれは当たりました。

「その風水の先生がね、今度のお部屋はあまりよくない

けれど、四隅に水晶をおくといいんですって。だから

今、水晶を磨いてもらってるの。」

アチャ~。マムはすかさず言います。「高いでしょ?」と。

Nさんはちょっと顔をしかめて「ウン」。



マムはNさんに注意しました。お金はこれからどーんと

いることがあるんだから、言われるままにお金だしちゃ

だめよと。

その返事が下記です。



大丈夫よ、風水の先生が手相も観てくださって、手相は

二ヶ月ごとに変わるからちゃんとみてもらって、危なく

ないようにするのよ。  なんだか心機いってんして

出発って感じなの~





二ヶ月ごとに風水通い・・・のっけに水晶を購入する

Nさんが、お金をどんどん放出するのではと思うと

ずっと、お付き合いしてきた方だけにお気の毒でね。

どうか、お年寄りのお金を食い物にすることだけは

やめていただきたい。

・・・でもねえ、Nさんってとてもしっかりした方

なのにどうしてこうなっちゃたんだか・・・人というのは

はかりしれません。



他人事につき合わせちゃってごめんなさい。

大きなお世話ごとでした。


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さてここからわたくしごとね♪
この写真、わかりますぅ?
ベッドの足元で熟睡するグレ

答え

○マムのベッドの足元で毛布にくるまり寝てるグレ○

グレハウスのあるグレズキッチンでは

夜中の徘徊、頻尿、脱糞、夜泣き、甘え吠えがひどい

ので、その対策としてマムの寝室で夜は共にすごすことに

なりました。そしたら頻尿は仕方がないのですが、徘徊と

夜泣き・甘え吠えがなくなり、マムはちっと楽になりました。


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体調を崩して10日目、なんだかちっともよくなりません。

そんなマムに舞姫がトルコ桔梗を買ってきてくれました。

この治りの悪さ、つくづく年を感じます。

イカちゃんもズーッと花粉症と風邪と腰痛できつそうです。

仲悪いのに夫唱婦随・夫婦善哉の春の夜です。

★グレのこと

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毎日新聞21日号より

春分の日で休みの今日、マム&舞姫は

のんびりと遅い朝食をとっていました。

やはりのんきにテレビを見ていたイカちゃんが

ふっと思い出したように、自然な感じで

きりだしました。

「サイバラんとこの かもちゃんが死んだってよ」。

えっ、どうして?どうしたの?

マムも舞も驚きました。



マムの本棚には西原理恵子本がたくさん

おさまっています。

ある記事がもとであっというまに廃刊になった

“マルコ・ポーロ”にてはじめて見た西原漫画

の【鳥頭紀行】には度肝を抜かれました。

汚い字に汚い絵に

下品な言いまわし!!!

犯罪的物語り!!!

読みにくいことこのうえありませんでした。

が、面白いんですこれが。

完全に世の道を踏み外しちゃってるのが

痛快なわけです。

そしてこれがもとでマムは西原の本を読み漁り

だしました。

かもちゃんは西原のアマゾン紀行にはじめてでて

きます。カメラマンとして同行し、帰りには

だんなさんとなっていたわけです。



かもちゃんは戦場カメラマンとしてカンボジアや

中東の戦地をくぐりぬけた人です。

師は2004年にイラクで亡くなられた、

あの橋田信介さんで、

兄貴分は勝谷誠彦さんです。

彼は長い中東、アジアの生活でアルコールと薬で

体の健康を蝕まれていたようで、西原本では

その行状がオモシロオカシクかかれているのですが

かもちゃんとの実際の生活はとっても大変だったようです。


できるかなV3 より

できるかなV3 より
かもちゃんは西原漫画には常にパンツいっちょうか全裸ででてきます


かもちゃんはアルコール中毒を治すため精神病院の閉鎖病棟

に入れられたりするのですが、結局はよくならず、西原と

わかれることになるわけです。

が、

嫌いでわかれたわけではないので西原はなにかとかもちゃんを

助け、周囲からは「再婚は必至」とみられ、現実よりをもどした

のでした。



西原や二人の子供に看取られてよかったなね、かもちゃん。





イカが記事がのっている毎日新聞を手渡してくれました。

マムにさしだしながら、こういいました。

「切りとって、西原の本にはさんどいてやれよ」

と。






鴨志田穣 プロフィール






アジアパー伝





鳥頭紀行(ジャングル編)




鳥頭紀行




記事はイカに言われたとおり切り取って

はさみました。

 
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あ~ぁ いやんなっちゃった~♪

ア~ァ おどろいたっ!



聞いてください。

さっきね、イカちゃんがグレズキッチンで

自分のお財布の小銭入れの処を開けたの。

そしたら なんと 飛び出てきました!

チャバネごきぶり が 。

マム、舞姫&グレは わ~っとのけぞりました。

いったいどういうことなんだ!

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おっと、今日のブログはそんなことではありません。

マムの仲良しさんが結婚しま~す。

自分のことのように嬉しいです。

殿方の女性を見る目のなさに、

舌打ちすること綺羅星幾年月。

不惑の年を一人でむかえようとしていた

彼女に彼氏よ 幸あれ。

と、祝杯です。(15日の話)

合気道の稽古のあとだからビールがおいしいの。

陶器のジョッキだから泡のキメがこまかくてさっ。

お料理もそこそこいけるから、当然盛り上がります。

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そいで、夫婦間でぎくしゃくしたとき “卑屈になることなかれ”

と、偉そうにといている ワレが ↑上にいるわけね。

“卑屈になる行為は油に火を注ぐようなものである”

と、ほざいているわけね。

でね、実はこの日はとっても体調が悪かったのね。

家に帰ってグレと一緒にバタンキュウと寝たものの

夜中に二回も起きてもどしてしまいました。

そんなに呑んでないのに・・・驚きです。

幸せいっぱいの仲良しの前でいっぱしのこと

いったのに結局は便座を抱いて涙目の情けない

一日の終りでした。ア~ァ、いつも尻スボミのマム。


ヨロヨロとお手洗いからでると、メールの着信音♪

見ると、仲良しちゃんから。

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【今日はありがとう 嬉しかった】

って。

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男性諸君!

君らの目はどこについておる。

逃がした魚はおおっきいんだから~。

マムのまわりはいい女ばかりなんだからね。

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出雲大社で綿帽子・・・いいなあ~。
 
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お疲れグレース
        お疲れグレース

マムは今日、ひとつおりこうさんになりました♪



マムのサンドイッチやパンをとてもごひいきにして

くださる大きな会社があります。で、今日もお届です。

勿論、お代をいただきます。掌にお代を直接いただくこと

もあれば、使用済みの封筒にいれてくださる場合もあります。

今日は、封筒ね♪  でさっ、その封筒に印刷された社名を

見て、帰り道 笑っちゃいました。だって変なんだもの。

「◯◯◯ですって。そのうえルビまでふってあるのね。

そりゃあ読めないわあ。◯◯◯ってこう書くんだ。

しかしおっかしな社名だわ。」とぶちぶち頭の中で独り言。



お店に戻って笑いながらイカちゃんに封筒をみせます。

けど、イカちゃんの顔の筋肉は全然動きません。

「ねえねえへんでしょ。◯◯◯だってドツボじゃあるまいしさ」

でもイカちゃん動かざること山の如し。

「おかしくないのお 人種の◯◯◯だよ~」としつこいマム。

するとイカちゃん、おもむろに

「◯◯◯というのはもともと金属を溶解させてまぜるツボの

ことなんだよ・・・バ~カ」
ですって。

きゃ~知らなんだあ。

あんな大きな会社がこんなふざけた名前の会社と取引して

なんて笑っちゃってたマムは大馬鹿でした。



日本坩堝株式会社

ルツボ株式会社

でもさっ、ルツボの本来の意味知らないと会社名が

ルツボなんて笑っちゃうよね。



待てよ、

もしかして知らないのはマムだけ・・・デスカ!

ショック
 
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昨日も今日もイカジ日和。

で、自称総合芸術家のイカジ先生の

作品をば、ちょびっと。


題して【イカジ日和だから展】



篆刻 イカジ作

なんだかよくわかりませんが、見てのとおり篆刻 です。



貝あわせ イカジ作

これもなんだかわかりませんが、貝合わせです。
わがファミリーは年がら年中はまぐりを食べさせられています。

我家のここかしこによくわからない作品が飾ってあります。

以上 イカジ情報 
 
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とてもいいお日和で  

マムはうかれて上水へ

ふきまんぶくがありました  

ふきまんぶくはとうがたち

立派な蕗のとうでした  

とうがたつって

このことかしらん

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うかれ春ひにさそわれて

グレとよたよたよた歩きます

ドナドナ散歩

おぼつかない一人一匹足元に

黄色に橙 白やら紫の

ちいさな春がありました

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はなびし草

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春ひはどこまでも

慈しみふかくお家のなかまでも

とどいてイカジがとってもうれしそう

イカジ  ○ ○ 。


 
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今から17年くらいの前のお話です。バブルがくだり

はじめていましたがまだまだ享楽的な時代でした。

マムはフランスパンが大好きで、その上チーズが

好きでワインに目がありませんでした。

このみっつは三位一体と思っていました。(それは今もね♪)



イカちゃんがナイスな情報をマムにくれました。

「日本ではじめてのチーズ学校がはじまるよ」と。



マムは小躍りしてフロマージュバランセの第二期生となりました。

当時のフロマージュバランセは少数精鋭主義で受講生は13人ほどで

した。そのうち個人で参加したのはマムと歯科女医さんと

某国貿易振興会会長夫人の3人だけで、その他は社命で参じた

京王デパート地下食品売場のチーズ担当、アサヒビール、

某ホテル食品課等のその道のプロたちでした。



講義はそれはそれは大変でした。4時間みっちりのうえ

終了後はチーズの試食とそれにあうワインの試飲・・・

のうえに毎回試験・・・そのうえ最終試験にて80点以上

をとらねばアドバイザーの資格はあたえられない!

・・・実はね、マムは一番で卒業。ウフフ♪



さてさてお話はこういうことではありません。

マムは個人で参加した女医さんと貿易振興会会長夫人

と親しくなりました。そのころのマムは現在と大違いの

グルメでおいしいものが大好きでした。

親しくなった女医さんはそのころのマムをも圧倒されるような

グルメでした。分厚い手帳にはぎっしりと店の名と女医さん

の評価が書いてありました。そのグルメ手帳の中に当時

マムが行きたくて行きたくて仕方がなかったH亭が記載

されていました。驚いたことに彼女はここの常連ということ

でした。(現在もHは評価が高くフランスにも進出しています。)

が、当時、いくらバブルの面影ありといえど高くてとてもマムは

行くことができませんでした。で、女医さんに聞きました。

「H亭で食べるにはいくらくらいかかるの?」。

驚愕!!!

彼女の答えは「この前、私の誕生日だったの。だから

H亭のマダムがバカラのゴブレットをくださったのよ。」

H亭で、バカラのプレゼント!!それはそれは凄いことです。

でね、つづく言葉は「ひとり七万円くらいかしら。ただし

いいワインを頼むから」。

その時です。マムは忘れもしませんその時のことその言葉を。

わたしたちの隣に座ってやりとりを聞いていた

某国貿易振興会会長夫人が口を開きました。


「あなたたち下品ざんすよ」   とね。


「あなたたち下品ざんすよ。そんな若いうちからHのような

お高い店に出入りしてはいけません。あたくしでもよほどの

お客様をもてなすいがいはいくことができないお店ですのよ。

若いあなたたちはそういうお店にはいってはいけません」



「あなたたち下品ざんすよ」。

目から鱗でした。下品と悪し様にいわれたのは生まれて初めて

でしたが、とても痛快でしたし、彼女がいわんとしたことが

ピンときてちっともいやな気がしませんでした。

分相応でないということの下品さを的確につかれた一瞬でした。



この体験はいまだにマムの教えとなってあらゆる局面にでて

きますし、なにかにつけ思いだし1歩ひいてものを考えるように

なりました。



この会長夫人ですが、生まれも育ちも白金で‘ざあます言葉’の

きれいなこと、身についていることにマム尊敬。

実際にきく‘ざあます言葉’の美しいさに心で乾杯したものです!



あれから幾年月。マムは分相応の年になりました・・・が、

反比例で経済が追いつかず、レストランHに足を踏みいれる

ことはありません。

豚まん

久し振りに食べた“豚まん”はおいしかったあ~♪

豚まん

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お土産に大阪の豚まんをもらいました。“肉まん”じゃないですよ!

あくまで豚まんね。西日本の人間はそう呼びます。

マムが子供のころ食べていた平和台球場近くの「平和楼」の豚まんは

ホントにおいしかったです。あ~もう一度食べたいですね。



トップの餃子は二月に作ったもの。パリパリかりかりのマム自慢の

逸品です。










 
04
 

マムの人生の中で合気道は大きな比重を占めています。

生活の一部といってよいでしょう。

在籍する合気道場のウェブを作成しているのですが

そのなかに「合気道年譜」というページがあります。

このページを作り終え、間違いがあってはならぬという

思いからすぐに師範にみていただきました。

すると思わぬことを指摘されました。



「マムさん、出口王任三郎聖師と中村天風先生を

よびすてにしてはいけないよ。

盛平先生はね、出口王任三郎聖師さまといわれて

おられたぐらいだからね。僕の先生はマムさんの

先生でもあるんだから、ちゃんと先生をつけないと

いけないよ」



マムは以来、東京の護国寺にある天風先生のお墓に

参りたいと思っていました。

するとどうでしょう!

このブログでおなじみコメンテーターの

ピーチクが護国寺に精通していることが

わかりました!



そうだ! 護国寺に行こう♪



ということでとっても春らしい今日は

マム、ピーチク&手乗りワンズとお墓まいりです。

護国寺地図


月光殿
「月光殿」

天風先生はこの月光殿にて講習をかさねられ、

わが若い師範も集われたのです。


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穏やかな空の下、マム、ピーチク&手乗りワンズは

お墓を散策します。緑にかこまれた立派なお墓を

歩くのは思いのほか楽しいものです。

山縣有朋やらコンドルやら下田歌子の名前をみつけたりと

ついつい声も大きく浮かれます。

中村天風先生のお墓
「天風先生のお墓」

天風先生のお墓は日差しのよくあたる明るい場所にありました。

中村天風先生



ピーチクの「大山倍達のお墓があるはず」の一言で、

火のついたお線香の束をもって歩く歩く探す探す!

手乗りワンズの少年Aにもたせたお線香はどんどん短くなって

わいわいがやがやクスクスと老いも若きもいっしょくたで

楽しい一刻でした。結局みつけることができませんでしたが、

よくもこうおバカなことばかり言える

ものだと合気道仲間に幸あれです。

念願のお墓を参りを終えてしゃべりすぎた喉にビールの

おいしかったことを明記しておきます♪



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「本殿内」





護国寺には天風会館があります。

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天風先生の色紙や書、そしてお出しになった本を

見る事ができます。

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明治9年(1876年))東京、由緒ある家柄に生れる。
祖父は柳川藩主で伯爵。
日清・日露戦争で軍事探偵として活躍した後、
不治の病といわれた肺結核にかかる。一時は死の淵に立たされるが、
インドの聖者・カリアッパ師との出会いをきっかけにみごと立ち直る。
その後、実業界で成功して得た地位や名誉をすべて捨て、
街頭で辻説法を始め、統一哲医学会(現財団法人天風会)を創設する。
政界・財界の有力者が続々と入会、以後、人々の啓蒙に専念する。 
1968年(昭和43年)92歳で逝去。
    詳細は多田師範のHPを是非ご覧下さい


sak004.gif

ブログを書き終えたら、なんと顔がヒリヒリしていることに

気がつきました。油断大敵・・・日焼けしました。

 
02
 

マムは屋根裏のダンボールをあけます。

そこには無造作ですがとっても大切なマムの

お雛様が入っています。

1対はマムとともに東京にやってき

もう1対はマムの娘のために購入されたもの。

お雛様の思い出

それはマムが小学校の1年のことです。

マムは毎日毎日

「信用金庫からもらった打ち出の小槌の絵のついた貯金箱」

に10円やら1円やら5円を貯めてその日を夢みたのでした♪

マムはカール人形(横にすると目を閉じる金髪のお人形)が

欲しくてしかたなかったのです。

貯金箱をいっぱいにするのには随分の月日がかかりました。

やっとこさ貯まって母と数えると3,000円近くありました。

マムは母にカール人形を買うために

貯めた大切なお金をたくしました。

カール人形が売っているデパートはバスで

小1時間要するのです。

母が帰ってくるのを今か今かと待っていました。

そのマムに母が持ち帰ってきたのはなんと、カール人形

ではなくて、母が欲しかった“お雛さま”だったのです。

あまりといえばあまりのお話。

マムの母は平然と言ってぬけます。

「これが欲しかったっちゃもん」。

へっ、ですよね。これって横領じゃないですか。

娘が一生懸命貯めたお金を・・・・・・。

悲しくって悲しくってやりきれなくって、

涙をぬぐった手でお雛様をさわってしまいました。

お顔をが・・・

するとどうでしょう。

お内裏様の眉と目がくずれてしまいました。

それを見た母は烈火ののごとくマムをしかり

マムはマムで烈火のように泣き出して

収拾つかね修羅場・・・・・・。

不条理ですよね。

でも今ではとても大切な母との思い出です。

そしてこのお雛様はマムのお宝のひとつとして

ずっとマムのそばをはなれません。

マムと舞姫のお雛様

マムの大切な娘舞姫には、マムの故郷のお人形の

古型博多人形師のお雛様を誂えました。

といってもスポンサーは“好き勝手をした母”

であることを明記!

コーン豚と幸せの小鳥

さて、お手洗いには、コーン豚と幸せの小鳥に休んでもらって

霊験あらたかな金色のお雛様を。

勿論、その下にはジャンボ宝くじが♪

ウフフ

さてお手洗いは・・・
                  実は窓枠の下(舞台裏)はとっちらかっています

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