カバ屋印 マムの素 

 
08
 

灌仏会 2015年04月06日_P4060004



お世話になっているお寺さんを覗くと
白像、二頭。









灌仏会2015年04月06日_P4060012



もうすぐ灌仏会。



スポンサーサイト
 
05
 


1月4日は
午前中はお寺さん。
午後からは、
代々木八幡さんに詣でました。


代々木八幡茅の輪2015年01月04日_P1041335


茅の輪をくぐってお参りをして
蓬田やすひろ画伯の絵馬に
お願いごとをします。



代々木八幡 絵馬2015年01月04日_P1041390


2枚購入して1枚は持ち帰り
神さんとして祀ります。

ミッションが終わって(笑)
好きなエリア、
本堂脇の
ご三神さんが祀られているお社と
出世大明神にお参りです。


代々木八幡 ご三神処2015年01月04日_P1041354 代々木八幡 出世大明神2015年01月04日_P1041358



この木はパワースポットなのかなあ!?

02saiyuki1.jpg



とか、
思いながら並んでますと、


02saiyuki.jpg


尻尾、やけに不自然なるお狐様登場。


あらら。

代々木八幡2015年01月04日_P1041370



代々木八幡2015年01月04日_P1041371


すごい匠の技に
加えて
しっぽ置きっぱなし。 


これは批判ではなくて
いかにも
神さんらしいなあと思って
嬉しくなります。

この代々木さんは
知られている神社のわりに
雑なのですよ。

でも
しつこい様だけど
これが愛すべき神さんなのね。
いや、単なる代々木さんの怠慢かな。
それはそれで
いいんじゃないかしらん。
でも
文化財保護的にはイカンな。


ここで書きだすと
話がそれるのでスルーしますが、
神さんはある時期から
たてまつられ過ぎです、トカ。



魂振りの木(ご神木)。

代々木八幡2015年01月04日_P1041395



今年の代々木八幡さんの絵馬です。
孫坊に似ています!

代々木八幡2015年01月04日_P1041405


 
21
 
東長寺贔屓2013年06月16日_P6160599




博多に行ったついでに
去年の9月に訪れた東長寺の前を
歩いてきました。

そうです。
ただお寺の前を歩いただけ。

山門の脇には重い石碑を背負った
「贔屓」さんがおいでです。

「またお会いしましたねえ」なんて
贔屓さんにご挨拶をしていたら

博多散策の一団があらわれて
観光案内の腕章をしたおばちゃんが
大きな声で説明をしだしました。






「この亀は、皆さんが鼻をさするので
鼻だけこんな黒光りするようになりました」と。


そして一団は贔屓の鼻をさすりだしました。


マム号は、
チッと心で舌うちして
キ~と心で悪態をつくのでした。


「これは贔屓なの!
鼻は最初からピカピカの意匠ですってば。
案内のおばちゃんがそんないい加減で
どうすんのかなあ」と。


そう心で毒づき
静かにその場を離れるのでした。



東長寺贔屓2013年06月16日_P6160600


お話はただそれだけです。

ペタシ


                                *黒鼻の亀ではありません その1


 
12
 
宇賀神2013年01月01日_DSC_0610

↑1月1日の井の頭弁財天参道の宇賀神さん。


↓4月12日のののの・・・アレ?

宇賀神さんが・・・2013年04月12日_DSC_0350

宇賀神さんがいらっしゃらない。


井の頭宇賀神2013年04月12日_DSC_0352

なるほどなるほど。
ご開帳のために弁財天さんのところに
お引っ越しされたのね。

ということで下の弁財天さんのところに
行ってみましょう。



井の頭弁財天2013年04月12日_DSC_0347


きれいです。
が、
閉まっていました。
その理由は、

2013年04月12日_DSC_0377

でした。


そうなのです。

12年に1度の巳年の弁財天ご開帳です。

明日、13日(土)~15日(月)
午前10時~午後4時

とっても楽しみです。



井の頭弁財天2013年04月12日_DSC_0343

宇賀神さんは本堂脇においでなのが
柵の向こうにみえました。


ワクワクどきどき。。。


                 *白マム印 日本のこと日本のもの も合わせてごらんください。

 
17
 
東長寺 2012年08月18日_DSC_0481


これはよく見られるものです。
神社仏閣で。

このてのものは
鎌倉の源頼朝の墓にて見たのがはじめてですが、
その時は



と思ったものです。
その後
北を司る中国の神の

玄武

だと思っていました。

が、さにあらず。


これは
玄武
龍の子なのです。


それも

贔屓(ひいき)

といいます。

以下の文はウキの引用ですがとても面白いので
そのままコピペします。

  中国の伝説によると、贔屓は龍が生んだ
  9頭の神獣・竜生九子のひとつで、その姿は亀に似ている。
  重きを負うことを好むといわれ、
  そのため古来石柱や石碑の土台の装飾に用いられることが多かった。

  日本の諺「贔屓の引き倒し」とは、
  「ある者を贔屓しすぎると、かえってその者を不利にする、
  その者のためにはならない」という意味の諺だが、
  その由来は、柱の土台である贔屓を引っぱると
  柱が倒れるからに他ならない。



知っていてもなんの得にもなりませんが、
彼女彼氏がうんちく好きだったらポイントに
なる可能性あり・・・かもしれないし
            ありえないかもしれない
            マムだったらそんな蘊蓄をいう
            彼は嫌いですぅ
            オイオイ
            笑


2東長寺 012年08月18日_DSC_0483

                                この石碑は博多祇園の東長寺にあります。
                                東長寺に関しての詳細は
                                いつものことですが「白マム印東長寺」
                                ご覧ください。



ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
 
18
 



2011年12月18日_DSC_0809





5月に皇居に行こうよぉ、と誘ってくれた友子が

今回は浜離宮に行こうよぉとうるさいので、

ひとっ飛びして、インドのお寺へ行ってきました。

ハッ!?









わ~いわ~い インドだインドだ!

突如あらわれたる印度に友子とマムは大騒ぎ。








2011年12月18日 築地本願寺
築地本願寺


築地駅徒歩1分。

築地市場からすぐ。

に、

あるのは通称築地本願寺さん。

正式名称 土真宗本願寺派本願寺築地別院

日本唯一の古代インド様式石造りの仏教寺院です。



近づくと、オ~!

狛犬さんは中近東風、羽がはえています。




2011年12月18日_DSC_0810築地本願寺 狛犬


2011年12月18日_DSC_0824


爪がするどくって獰猛そのもの。




2011年12月18日_DSC_0823




石段には



2011年12月18日_DSC_0821


2011年12月18日_DSC_0820




ストゥーパ(仏塔)やら大石内蔵助の陣太鼓模様、

みたいなの。




柱も


2011年12月18日_DSC_0817



日本のお寺な感じじゃありません。

友子は大喜び。




2011年12月18日_DSC_0819


↑こうやって切り取るとガーゴイル風。



お堂(って、言っていいのよねえ)の中には

可愛い、



2011年12月18日_DSC_0812



2011年12月18日_DSC_0813


意匠が(ピンボケで失礼)。





2011年12月18日_DSC_0814



2011年12月18日_DSC_0815



堂内はまさに伽藍堂(ガランドウ)で、

ひろいこと。これはこれでインド寺院っぽい

なあと妙に感心するマムです。


これだけ大きい(収容人員数大)から有名人の

お葬式が多いんだなあとも納得。

だけどこれって本願寺さんにとっては損なような。

だって、テレビによく有名人の葬式としちょくちょく

流れるから、人は行った気分になっちゃうでしょう。

それとねえ、こう言っちゃあなんだけど、ありがたみが

薄れちゃう。

だから

あまりこのお寺さんに詣でない・・・みたい。

痛し痒しで、損だあ。

と、

ひとりごちるマムです。



アッ!


ここまで書いてハタと思い当たるマム。

あの、大石内蔵助の陣太鼓模様は





法輪 だあ!!!



なるほどなるほど。

こうやってひもが解けると嬉しい。



まあ、

予想以上に楽しい本願寺さん詣で

で行ってよかった。


けど、



2011年12月18日_DSC_0826


手水おたくとしてはものたらない手洗いが

残念ねえ。



して、

お寿司を食べにいく友子とマムです。






ic_fi16


↓著者の天野珠美さんは
マムの幼馴染仲良しです

写仏 自分自身と向き合う時間 / 天野珠美
 
11
 



マム家ご近所の杵築神社のご祭神は、

大國主大神(だいこくさま)

事代主大神(えびすさま)。







決して

カッパ大明神ではないのだが。













2010年12月31日_PC310286 賽銭箱にきゅうり




謎だ。


 
24
 
前回 雷山千如寺大悲王院




前回の雷山観音さんの項で何気なく

♪山寺の和尚さんは毬はつきたし毬はなし♪

と書きこんだのだけど、よくよく歌詞を
考えると、まあ残酷なこと!


どう考えても動物虐待。

でもこの歌は児童唱歌
として小学校の時によく歌ったものです。


で、

ちびっと調べてみました。




2011年08月14日_DSC_1019
雷山千如寺大悲王院本堂(山寺の和尚さんと関りなし)



作詞:久保田 宵二、作曲:服部良一

山寺(やまでら)の和尚(おしょう)さんが
毬(まり)はけりたし 毬はなし
猫をかん袋に 押し込んで
ポンとけりゃ ニャンとなく
ニャンがニャンとなく ヨイヨイ



lli01



みのうの豆ほんさんのウエブから驚愕の事実。


この歌は福岡県浮羽市の大生寺(ダイショウジ)の

第八世蔦道和尚の狂乱の様子を歌ったものという

伝えがあるそうです。

蔦道和尚(チョウドウ)は京都の妙心寺の

白隠(ハクイン)禅師より禅の厳しい修業

を受けていたのですがあまりの厳しさに

狂人となり大生寺に帰山し6年の間監禁された

とのことです。この歌はその当時の和尚の

狂態をあらわしたものだといいます。



なるほどねえ。



で、もっと調べると、えっ! 

っと

思えることが出てきちゃいました。


lli01



この歌は、なんと日本における

和製ジャズの第1号というのです。

昭和初期につくられたそうです。



まずはyoutubeを聴いてください。

とっても面白いですから。



 ダカヂク ダカヂク ダカヂク ダカヂク エイホホー
 ダカヂク ダカヂク ダカヂク ダカヂク エイホホー
 
2.入り婿の旦那さん 酒は飲みたし酒はなし
渋茶徳利に詰めこんで グッと飲んでペッと吐く
ペッが ペッとはく ヨーイヨイ 
 
3.色街のお酌さん 太鼓打ちたし太鼓なし
可愛いお腹を ちょいと出して
ポンと打ちゃ  ポンと鳴る
ポン ポン ポン ポン ポン ポン ポン エー
 
 ダカヂクダカヂクダカヂクダカヂクダカヂク ダンダダーン
 ダカヂクダカヂクダカヂクダカヂクダカヂク ダンダダーン
 ダカヂクダカヂクダカヂクダカヂクダカヂク ダンダダーン
 ダカヂクダカヂクダカヂクダカヂクダカヂク ダンダダーン
 バンバンバン バンバンバン バンバンバン バンバンバン
 ダンダダンダ ダンダダンダ ダンダダンダ ダンダダンダ
 ダンダンダン ダンダ ダンダン エー エー



とっても流行ったそうですよ。

ダカヂク ダカヂク
ダカヂク ダカヂク エイホホー

口癖になりそうです。


調べてみると、あらびっくり!

山寺の和尚さんもやるもんですなあ。



ダカヂク ダカヂク
ダカヂク ダカヂク エイホホー



でも、まだ謎は残る。

狂乱の様子の歌にしろ和製ジャズにしろ、

どうしてこれが児童唱歌になったんだろう。

???

ダカヂク ダカヂク
ダカヂク ダカヂク エイホホー


2011年08月14日_DSC_1020
 
23
 
8月14日


5月に訪れたばかりですが、寸暇を惜しんでの

行動開始。マム号、雨の中、山に入ります。




2011年08月14日_DSC_1072雷山観音大悲王院



雷山千如寺 大悲王院
lb_s04


住所:福岡県糸島市雷山626
アクセス:筑前前原駅南口 バス雷山観音行き
    終点下車徒歩5分
  糸島観光電話:092―322-2098






2011年08月14日_DSC_1015





2011年08月14日_DSC_1042
手水舎 天井






2011年08月14日_DSC_1037
樹齢400年 大楓







2011年08月14日_DSC_1039雷山千如寺大悲王院
樹齢600年 白檀




2011年08月14日_DSC_1043



大悲王院境内は緑がとても豊かです。その緑は山の緑を背景に

人間の手によって造作されものです。二重三重(フタエミエ)

の緑に雨が降りそぼる。俳句の心得があれば一句よむところです。



2011年08月14日_DSC_1033




2011年08月14日_DSC_1028
このような欄干の何気ない意匠が好ましい



地方の山奥でここまで整然と手入れされている

おおがかりな庭を持つお寺さんって珍しいです。



2011年08月14日_DSC_1035
開山堂




2011年08月14日_DSC_1052
護摩堂




この石段をあがりきった護摩堂には鎌倉時代に

造られた「雷山観音さん」と地元の人々に

親しまれている木造千手千眼観音さんがまつられて

います。



雷山観音 千手千眼観音立像
鎌倉期作 雷山観音 千手千眼観音立像


78288996_org_v1313431584111



観音様は5メートル近くおありで、その厨子の

扉は当然大きながっしりとしたお城の門のような

ものです。黒光したその門は5月に訪れたとき

同様、ギギーという重々しい音を立てながら

開け放たれます。その瞬間の心踊る私自身に

会いたくて、ここにやってきたといっても

過言ではありません。


実はこの扉が開けられつつあるとき、

マムは新美南吉の「手袋を買いに」の

ひとこまが唐突によぎるのです。


戸が一寸ほどゴロリとあいて、
光の帯が道の白い雪の上に長く伸びました。



この童話の一番好きな場面なんだけれど、

護摩堂の大戸から光の帯は出ません。

だけど

観音様の姿がス~とあらわれるとき

どうしてもこの光景がよぎります。

前回来た時も今回も。









手を合わせ見上げる観音様はとても大きくて

慈悲深いお顔で、身も心も委ねることが

できると思わせるにたるお像です。

悪路の山奥のお仏像さんは、こうでなくっちゃあ

いけません。



光背をよく見ると千手が彫られています。



ご住職が大きな太鼓を打ち鳴らしながらお経を

唱えられます。ドンドンドンと大きく打ったり

小さく打ったりと、演出効果が大きくて、

臨場感にあふれて「ありがたや」という気持が

増すこと増すこと。


密教的な雰囲気がかもしだすなんともいえない

妖しげな感じがぐっと心にせまります。


前回もそうですが、マムは二回も拝観させてもらい

ました。ご住職は1回の拝観が終わるごとに

厨子の扉をお閉めになります。人が集まると

また厨子をギギーと開けてくださる。


かなりの労力です。


普通は閉門まで厨子は開け放たれたままだと

思うのですが、ご住職はまめに開けたり

閉めたり太鼓ドンドン。


もしやご住職もギギーと厨子を開ける瞬間が

お好きなのでは? 同好の士かしらなんて

不埒なことを考えてしまいます。



ギーギーどんどん

ぎゃーてー ぎゃーてー はら ぎゃーてー

どんどんどんどん


やっぱり山寺の和尚さんはこうでなくっちゃ。


♪毬はつきたし毬はなし~♪


いいわあ、、、と、うっとりのマム

しばし姿をとどめん






2011年08月14日雷山千如寺大悲王院
聖天堂




2011年08月14日_DSC_1057
本堂より山門を見る




お盆ということで、五色幕がいたるところに

はられてきれいです。




2011年08月14日_DSC_1044





2011年08月14日_DSC_1064
香炉立ての足





2011年08月14日_DSC_1047



石塔がここかしこにたてられているのですが、



2011年08月14日_DSC_1048



その、足もとには、なぜか、こういうものを

置いちゃうんですよね。

見て見ぬふりをしたいのだけれど、

やはり一言。

どうしてもこういうものが置きたかったら

本坊なんかに置けばいいのにぃ。ブチブチ




2011年08月14日_DSC_1016
宝物殿



雨がどんどんひどくなって帰りのバスの時間が

せまり大急ぎバス停へ。


バス停近くの犬が雨の中平然と寝ているのに

感動して近づくと



2011年08月14日_DSC_1082



すごい威勢で吠えたてられて、、、

ほうほうの体で逃げちゃう

雷山観音見仏の最後でありました。










 
04
 


2011年07月03日_DSC_0932
善光寺本堂



長野県の県庁所在地は松本だと

思っていたマム。

長野の方、ごめんなさい。






2011年07月03日_DSC_0917
善光寺門帳




この寺紋に喜ぶマムは、さすが長野!

くるみの木が寺紋とはっ。

なんて本気で思っていました。



かさねがさねごめんなさい。

長野の皆さま。





2011年07月03日_DSC_0921 善光寺門帳
五つ割り卍と右離れ立葵



この善光寺の開祖の本田善光の家紋

が立葵だったそうです。



で、寺紋は右離れ立葵になったそうな。



葵の紋はとても由緒正しくって

古くから京都加茂神社が二つ葵です。

加茂神社の裏の神山には葵が生い茂り、

この葵で神殿を飾り葵祭りをとりおこ

ないました。



加茂神社の神官であった本多家は

この葵を家紋にもちい、氏子で

あった徳川家も葵の紋を家紋と

したそうです。


天下をとった徳川家康はこの葵の紋を

使用することを禁止したのですが、

元神官であった本多家と善光寺はいうことを

きかなんだそうです。





本多と本田。親戚かなあ。






なににせよ、

くるみの木ではありません

でした。   汗





2011年07月03日_DSC_09411 善光寺 宝珠
経蔵 宝珠
 
03
 



2011年07月03日_DSC_0930



今日は舞姫にひかれて

どこに行ったかともうしますとっ、









2011年07月03日_DSC_09061




善光寺。





山門(三門)の扁額をよ~く見ると

鳩が4羽いるし、善の字は牛の

顔です。






時は夏祭り!




2011年07月03日_DSC_0928






2011年07月03日_DSC_0953




ホ~、

伝統ですなと、頷くと

いえいえ、町おこしで4、5年前

からはじまりましたと。







2011年07月03日_DSC_0921



久しぶりの目新しいテンプルカーテンに

欣喜雀躍のマムです。





でも、それ以上に驚いた(楽しかった)







は、





2011年07月03日_DSC_0897



せんとくんの兄弟。

薮内さんの作品が

参道に安置されていることでした。
 
18
 
5月2日福岡糸島市雷山





DSC_0395雷山千如寺大悲王院仁王門
雷山千如寺大悲王院仁王門



地元の人々に「らいざんかんのんさん」

と親しまれている大悲王院は、福岡と

佐賀にまたがる背振山脈の標高955mの

雷山の中腹に位置します。





雷山千如寺大悲王院 山門




さあて、この雷山観音さんに行くには

まっ、皆さん自家用車で行きます。

で、車のないマムはバスなんだけど・・・。



バスが午前1本、午後3本ってな調子。

何度も何度も糸島観光案内に電話して

確認。それでも気が気じゃない小心マム

は、当日早朝バス停に赴き確認する始末。


ところが、バスの時刻表に「雷山観音行き」

は、どこにもなし。


不安


しつこく観光案内に電話すると、


「大丈夫大丈夫、ちゃんと来ますから

ですね、バス停で待っとかれたらよかです」

と言うお返事。

行きました。出発時間15分前に。


そしたら、マイクロバスより小さくて

自家用のワゴン車よりちと大きい

客席7席の乗り合いバスがいました。

それは本当に居たって感じです。


驚いたことに爺婆ですでに満席。

車内の天井は当然低くて立ってなんて

いられない。

「運転手さん、どうしましょう」と

声をかけると、運転手さんったら、

平然と、「床にすわっとってください」

ってことでマムはバスの床に体育座り

をして整理券ボックスをつかんでの

発車とあいなりました。


いいなあ、すっごく楽しいですよ。

この年でバスの床に座って行くってぇのは。


でもね、爺婆はすぐに降り出してマムは次の

停留所でもう座席に座れました。

もっと床に座ってローカルな感じを満喫した

かったのですが、残念。


車窓には東京ではお目にかかれないレンゲ畑。

半分も行かないうちにバスの中はマムひとり。

山にはいりだすと、野生の藤の花が緑に

紫煙ってきれいです。マムが一番好きな春の

山の風景です。


終点の雷山観音入り口まで20分ほどでしょうか。


降り際に運転手さんに「観音さんはこの先ですか」

と何げなくきくとっ   笑。


「それが、意外と遠かとですもん。上まで乗せて

いっちゃりましょう」ってことになって急坂を

グングン上がって山門のまん前でおろしてくれました。

↓ココでね。





DSC_0343
雷山千如寺大悲王院 山門




雷山千如寺 大悲王院
lb_s04


住所:福岡県糸島市雷山626
アクセス:筑前前原駅南口 バス雷山観音行き
    終点下車徒歩5分
  糸島観光電話:092―322-2098






DSC_0352


中腹のここは標高450メートルほど

でしょうか。秋の紅葉がとても有名です。




DSC_0396



奈良時代に聖武天皇(在位724~756)の勅願により

インドの高僧清賀上人によって開山されたといいます

から、太宰府の観世音寺並みに古いお寺さんです。

もっとわかりやすく言えば、東大寺さんみたいに

古いということです。




DSC_0350雷山 千如寺大悲王院手水舎 DSC_0351




鎌倉時代にはこの一山に300のお坊が

あり、時の権力者による参拝も盛ん

でした。

この雷山は神仏習合の名残が強く

この寺院の上には神社があり

そのもっと上には上宮の石の祠

見ることができます。

実はこれがいいんですよ!
次に訪れる時は上宮まで行くつもり




DSC_0360雷山千如寺大悲王院
本堂




DSC_0386




なぜ、マムがここにやってきたかと言いますと、

こちらの雷山観音さんと慕われている観音様は

千手千眼観音さんであられまして像高が5メートルの

とても立派な方だと聞き及んでいるからなのです。



昔は(今も)、本当にここは山奥だったでしょう。

大きな観音様を祀る・・・それは大変なこと

だったでしょうし、この観音さまを九州福岡の

山奥まで詣でる・・・想像を絶する難儀なこと!



そりゃあもう、お会いしたいですよ。









DSC_0380観音堂
観音堂




観音堂ではご住職が大太鼓を打ちながら

お経を唱えてくださり、なんだかよく

わからないけど気持ちは否応なく盛り

あがります。


目の前には真っ黒な大きな厨子の扉。

まるで城門のようです。

蜷川 幸雄演出のシェークスピアの舞台に

出て来そうな門といえば想像していただける

のではないでしょうか。


ご住職がその大きな扉に手をかけられました。


まるで効果音のようにギギィと大きな音が

し、1条の光が射すかのように50センチほど

帯状に隙間ができました。

観音さまのお姿あらわれました。


ため息がでる瞬間です。


お顔のやさしいこと。


厨子は完全にあけられて観音さまのお姿が

あらわになりました。


お体全体から優しさがあふれている

とてもよいお仏像様です。


誰しも、この山奥まで命をかけて踏み込んで

きたことを後悔しなかったでしょう。




救われる



そう思ってひれふし足元にすがったでしょう。






仏を信じる原点をみるような気がします。





福岡雷山 千如寺
大悲王院 千手千眼観音立像





光背には900本以上の手が刻まれています。

お顔が本当に慈しみ深いうえに洗練されおり

地方のお仏像さんにしては珍しいものです。


大宰府の観世音寺といいこの大悲王院しろ、

九州の福岡は大陸に近く、中央からみて

大切な土地だったのでしょうね。






DSC_0383
開山堂





DSC_0389聖天堂
聖天堂




DSC_0391




帰りのバスまであと30分くらいあります。

ご朱印をいただきながら、そのことを確認

すると・・・。


「田舎だからねえ、誰もいないと運転手

さんが、時間がきてなくてもさっさと

行ってしまわっしゃあから、はよう行っといた

ほうがよかですよ」とのこと。


ヒェ~

大急ぎで坂を下ってバス停へ。

小さな乗り合いバスがとまっていました。

行きの運転手さんと同じでした。


発車時刻にはまだ間があります・・・。


が、


勿論、マムが乗ったらバスは動きだしました。



田舎は凄いっ。

気にいった!


と言っても、乗車できたればこそ。
もし、置いて行かれていたら
罵詈雑言のマムです。笑



DSC_0402
オドリコソウ



ゴールデンウィークの九州見仏
*5月1日 大宰府 観世音寺
*5月2日 糸島 千如寺大悲王院
*5月3日 大分 八幡奈多宮
 
18
 
5月1日福岡



2011年05月01日_DSC_0335
2011年05月01日



太宰府天満宮の手前の駅で下車。

てくてく歩いていると、ウマノアシガタ

が一面に咲く野原が。

なんだか懐かしい風景。

春そのものです。

その向こうに見える建物が目指す

観世音寺宝蔵。





清水山 観世音寺



住所:福岡県太宰府市観世音寺五丁目6番1号
アクセス:西鉄五条駅下車 徒歩10分





DSC_0277福岡観世音寺 参道
参道



観世音寺は九州を代表する古寺です。

その古さは奈良の東大寺を、少々抜く

といってよいでしょう。

天智天皇が母斉明天皇を弔うために発願

したもので、創建当初は大伽藍でした。


遠く離れた九州までも天皇の力をしらしめる

目的もあったのではないでしょうか。





2011年05月01日_DSC_0282
観世音寺 本堂




2011年05月01日_DSC_0304


そこかしこに往時をしのばせる

遺構がみうけられます。




DSC_0314観世音寺五重塔心礎
五重塔心礎





2011年05月01日_DSC_0315
国宝 梵鐘



この梵鐘は京都妙心寺、奈良當麻寺の梵鐘と

ならんで日本最古の梵鐘といわれています。


マムは妙心寺も當麻寺にもいきましたが、
ハテ、梵鐘は・・・?覚えてない。
正直いって梵鐘にはあまり興味がないの
ですな~。今のところはね。ゴメンナサイ




2011年05月01日_DSC_0289



本堂の左手には立派な藤棚があり、

甘やかな香りを放っています。


っなことより、

花よりお仏像!

目指すはひとつ。

宝蔵です。




2011年05月01日_DSC_0320
宝蔵



観世音寺といえば、九州のお仏像の

宝庫としてお仏像好きには有名です。

特にこちらの像高5メートルの

馬頭観音さんはスターです。

そのほかにもやはり像高5メートルの

大きなお仏像さんが2体おいでですし、

大黒天さんも有名です。


大げさに大げさにいえば、東大寺法華堂

の九州版みたいなもんでしょうかっ。


閑古鳥が鳴くお店の店番みたいな納所さんに

ご朱印をお願いしてひんやりとしたコンクリート

造りの階段を軽快にかけ上ります。

階段の途中から右手にお仏像さんの頭が

ニョキニョキあらわれます。

中央に大きな観音さまが牙をむいて

吠えておいでです。(のような感じ)


ほら、頭にお馬さんのお顔が。



IMG_0001
木造馬頭観音立 平安後期



馬頭さんは悪と徹底的に戦う観音さまです。

だからこわ~いお顔。


その両隣りには木造不空羂索観音さんに十一面観音さん。

このお三方はいずれも5メートル以上のお姿です。



IMG_0002_NEW_0001
木造不空羂索観音立像 鎌倉時代 木造十一面観音立像 藤原後期


とってもたおやかなお顔に体つき。



この観世音寺宝蔵の「売り」は多分

馬頭さんと、お次に登場の大黒さんだと

思うのです。


IMG_0003観世音寺 大黒天
木造大黒天立像 平安時代


え゛っ!?

これが大黒さんと思われる方が

ほとんどでしょうけど、こちらが

本来の大黒さんです。

私たちがイメージするおっとり

にこやかな戎顔の大黒さんはこ後世

に伝えられた七福神さんのおひと方です。



こちらの大黒さんは日本三大大黒天の

おひと方といわれています。

もうおひと方が奈良の松尾寺の大黒様です。



松尾寺 大黒天
松尾寺 大黒天


ところが面白いことに、この観世音寺・松尾寺の

大黒さんを「日本三大」と記すのにあとの

「おひと方は不明」と、どれを調べても書かれて

いるのが笑えます。だったら三大っていわなければ

いいのにねえ。  笑

「日本二大大黒天といわれている」

では間が抜けてますかあ???



IMG_0006
唐風 狛犬


館内には大きな換気扇がまわる音がゥヲンゥヲン響きます。


さて、

マムが本当に感動したのは、ここからですっ。



館内の20体のお仏像さまはどのかたも重文です。

ナルホドナルホドとお会いしぐるりと回って

階段の登り口正面に戻って、びっくり。


兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)さんだ!


兜跋毘沙門天は四天王のうちの北方を守る多聞天

のことです。上杉謙信が守護神としてうやまい

本陣旗印に「毘」をもちいたことは有名です。



この兜跋毘沙門天には伝説があります。



これは、1200年以上も昔、中国の西域地方のある都市(城)が、

他国の民族に攻められ、囲まれてしまいました。もう終わりか!と

思われたその時です。ゴ-ゴゴ-ッというすごい地響きと共に地面が、

激しく揺れだしました。そして地母神が戦いの神,毘沙門天を掌にのせ、

メキメキッと音をたてて地面を割って姿を現したのです。これに驚い

た敵は、逃げていきました。

それ以来、唐の国では、この時の毘沙門天の姿を守護神(しゅごしん)

として、まつるようになりました。




これが日本に伝わり、羅城門の楼にはこの毘沙門天が

祀られ都を守ったといわれています。現在この毘沙門天

は東寺の宝物館に安置されています。


北方を守る神ということからこの兜跋毘沙門天は

東北地方に多く見られます。


それが九州においでとはっ。





IMG_0004大宰府 観世音寺
木造兜跋毘沙門天立像 平安時代



足もとをよくごらんください。

女神さまがなんと支えておいでなのです。

まさに地母神(ちぼしん)です。


その女神の、背後右に尼藍婆(にらんば)、

左に毘藍婆(びらんば)がかくれるように

しています。



面白いお像でしょ。

私たちがよくお見かけするお像は、邪鬼を

踏みしだいているのですが、女神様の手に

支えられておいでなんですよ。

雲形の台座も流麗でよしっ。


いや~、ホントいいですねえ。

あな楽しや!


IMG_0004_NEW_0002



見仏を終え、帰京して兜跋毘沙門天を調べたところ、

東寺像や成島毘沙門堂像と並んで、日本に残る

兜跋毘沙門天像中三本の指の一つだそうです。

日本三大兜跋毘沙門天像のひとつだったわけです。



兜跋毘沙門天の伝説も物語性が強くていいですし、

女神が支えているという形状の視覚性のすばらしさ!


見れば見るほど、調べれば調べるほど、知れば知るほど、

もっと入り込んでいきたくなってしまいます。



期せずして素晴らしいお像を拝観できて、

今も胸がワサワサとしています。



この、観世音寺の売りは間違いなく

兜跋毘沙門天さんです。



2011年05月01日_DSC_0295
寺紋 五三の桐



*東寺宝物館兜跋毘沙門天立像
*成島毘沙門堂・江刺市 藤里毘沙門堂




大宰府のマンホール
太宰府市 マンホール
 
05
 
前回


2011年05月03日_DSC_0422
2011年05月03日



八幡奈多宮におられるご神体(ご神像)に

お会いできるかどうかはギリギリまで

わかりませんでした。

いろいろありまして・・・。


東京を発つ前日に拝観可能のお知らせを

いただきました。

嬉しくて嬉しくて午前3時30分に

起きなければいけないというのに

なかなか寝つくことができませんでした。




当日は、若い宮司さんと管理の方が

暖かく迎えてくださいました。




2011年05月03日_DSC_0446



古来からのご神体がおられる宝物殿は

奥の建物です。

注連縄で結界がはってあります。



宮司さんが結界を上にたくし重い扉を

開けられる時、体中の毛あなが開く

のがわかりました。


一礼して宝物殿に入りました。

左方には若宮がならんでおいでです。

それだけでもため息がでるのに

宮司さんが前方の門帳をさっとおひきになると、



宇佐八幡宮のご神体であった三神がおわしました。




お美しい・・・この言葉が自然と口をついで

でてきました。





2011年05月03日_DSC_0463



左より僧形八幡神坐像(応神天皇)

女神坐像(比売大神像)

女神坐像(神功皇后像)

です。



神が降りてこられて人の形になられています。

僧形八幡神(そうぎょうはちまんしん)といわれるのは

神仏習合からきています。神が仏教の高僧におりてこられた

ということです。この、奈多宮のご神像の場合は応神天皇

におりてこられたわけです。


神仏習合により山や木や岩などにお宿りになっていた神は、
その時代の徳の高い人に降りられるようになりました。
それが高僧や天皇です。





2011年05月03日_DSC_0470



僧形八幡神(応神天皇)

のお姿は神々のなかでも

お美しいものです。

気高く強いものを感じさせるお像は

50センチほどの体高です。


造像年代は11世紀。

どのおかたも榧を使った一木造りの内刳りなし。

丁寧に無駄なく彫られた様はいかに

大切な方を形づくっているかという

彫師の気持がわかります。




2011年05月03日_DSC_0458



若宮のなかでもこちらの若比売(わかひめ)

は清清く控えめな美しさが心をとらえました。




2011年05月03日_DSC_0474



この写真撮影はもちろん許可を得てのことですが、

シャッターを切りながらも撮ってよい

のだろうかと逡巡しつづけました。




2011年05月03日_DSC_0466



お仏像と同じような大きなお耳に、
首には三道といわれるお仏像に見られる
ふくよかさをあらわす筋。このお顔に
白毫(びゃくごう)があればお仏像
ですね。これも神仏習合からきています。






ゆっくりと拝観させていただき

幸せでした。神々に囲まれ

いっときの間、時間がとまった

よう。




2011年05月03日_DSC_0417




2時間ほど経ち

小雨がふりだしました。

海上の市杵島(いちきじま)の

鳥居がかすんでいます。




踵をかえして再度神様にお会いしたい

気持をおさえて、バス停に向かいました。





*大分県杵築市 八幡奈多宮を訪ねる


注:なぜ神が人の形になったかということは、
この項では詳細に記しませんでした。
いずれこの件は例えをだしながらアップ
したいと思っています。




芸術新潮―創刊555号記念大特集:日本の神々
芸術新潮―創刊555号記念大特集日本の神々


八幡奈多宮 ご神像
別冊太陽 神像の美



lli01



八幡奈多宮 アクセス

JR日豊本線杵築駅下車、
杵築バスターミナル行き乗車(10分)
杵築バスターミナル下車、
国東行き乗車(10分)奈多八幡宮下車
徒歩3分。

但しバスの本数が非常に少ない
ので大分交通に確認のこと



ご神像拝観

電話にて確認
電話:0978-63-8088

明記はありませんが拝観料を
忘れないように



ゴールデンウィークは九州見仏

*5月1日 大宰府 観世音寺
*5月2日 糸島 千如寺大悲王院
*5月3日 大分 八幡奈多宮1
 
04
 



2011年05月03日_DSC_0540
2011年05月03日奈多宮の元宮である市杵島





八 幡 奈 多 宮
lb_s04


住所:大分県杵築市奈多229
電話:0978-63-8088
アクセス:杵築駅からバス



海水浴場としての奈多海岸は知っていても

八幡奈多宮の存在を知っている人は

大分でもほとんどいません。

知っていてもナタと呼ぶ人が大半です。


奈多と書いてナダと読みます。


辺鄙な奈多。

やっと訪れることができました。


感無量。





2011年05月03日_DSC_0411




海からの風と塩の香りが心地好いこのお社は

729年に創建されています。

八幡宮の本家である大分宇佐八幡宮の摂社

です。分家というか、子供というか・・・。

そのように理解してください。



2011年05月03日_DSC_0425
灯籠を支える狛犬



2011年05月03日_DSC_0543




しかしこの小さな小さなお宮さんは

本家の大所帯の宇佐さんより、

あることで有名です。



2011年05月03日_DSC_0432
毬に乗る狛犬さん



2011年05月03日_DSC_0433




それは宇佐八幡宮のご神体である三神像が

こちらに祀られておいでだということです。



2011年05月03日_DSC_0437
手水舎


2011年05月03日_DSC_0436




古来、宇佐神宮は6年ごとにに新しい御神体が奉造

されおり、旧御神体は奈多宮に納められる習わしと

なっていたそうです。その一部、九躯のご神像が現存し

宝物殿に祀られています。



2011年05月03日_DSC_0552
330年前に建てられた楼門から鳥居を見る



2011年05月03日_DSC_0445
拝殿



2011年05月03日_DSC_0551



2011年05月03日_DSC_0522




参拝の御作法は宇佐神宮と同様の

二礼四柏手一拝です。

4回手をうつんですよ。




2011年05月03日_DSC_0448
ご神木の楠



このご神木にはフクロウが

宿っているそうです。


2011年05月03日_DSC_05251




境内をぐるりと回ってみましょう。




2011年05月03日_DSC_0531
拝殿



2011年05月03日_DSC_0500




連休中というのに境内でお会いしたのは3人。

もちろんご神像のことはご存知ないらしく

境内の写真を撮られると立ち去られます。



2011年05月03日_DSC_0510




歩きまわった甲斐がありました。

古い手水発見。

岩をくりぬいたものですね。

これはいいわあ!



2011年05月03日_DSC_0503
手水




拝殿の屋根には菊のご紋がいっぱいです。

御祭神(ご神像)である八幡大神さまは

応神天皇のご神霊です。その関係で

天皇家とはご縁が今もあるのですよ。




2011年05月03日_DSC_0494




ちょっと笑えたのが、みかんの神様の

お像、田道間守公です。杵築市はみかん

の産地だそうです。



2011年05月03日_DSC_0481





八幡奈多宮のことわかっていただけましたか?

それではおいとまを・・・・・・っなわけ

ありません。   






次回は宝物殿においでのご神体を皆さまにも!
2011年05月03日_DSC_0469

つづく
 
03
 


2011年05月03日_DSC_0469




八幡奈多宮は国東半島に住む人でも

その存在を知らない、

見た目には小さな小さな八幡さまです。



在来線新幹線在来線バスまたバスを乗り継ぎ

この地を訪れました。


案内してくださった宮司さんが

宝物殿の扉に手をかけられた時、

身体中の毛穴が開いたのが

わかりました。


en1  en1

八幡奈多宮 下記をご覧ください

ご神像をごぞんじですか
よしっ 八幡奈多宮に行こう
八幡奈多宮のご神像を訪ねて
八幡奈多宮 神像の美
 
01
 




img_882834_62068245_5




本日午前6時25分の羽田発の飛行機

に乗ります。



ちょっと待ったぁ。

始発の電車は4時32分。

乗り継ぎ乗り継ぎで羽田に着くのは

5時51分!


ひとつでも狂えば間にあわん。

如何せん、まともにいったとして、

再度いうけど、6時25分発だというのに、

羽田ターミナルに着くのが5時51分。


大丈夫か!?

マム号。





神にあうのはスリリングである。
 
24
 
前回


    2011年02月20日_DSC_0673 金沢文庫 称名寺 仁王門 花灯窓
          称名寺仁王門 花頭窓





     横浜市金沢区 称名寺には花頭窓がみられます。





     カトウマドの「カ」には「火」や「華」がもちいられたり、

     「トウ」には、「灯」が使われたりします。



     窓枠の上部が炎をおもわせる曲線なので火灯窓と

     いいます。



     2011年02月20日_DSC_0665 金沢文庫 称名寺釈迦堂
              称名寺釈迦堂 花頭窓



     この花頭窓のことは「2010年11月 京都泉涌寺 楊貴妃観音さん」

     の項にてちらりと書きおよんだのですが、

     禅宗様式(=唐様)の寺院に設えられます。

     鎌倉時代に禅宗とともに伝来したので、

     この窓がある建物は鎌倉以降のものということです。


     室町時代に足利氏によって禅寺がたてられた

     京都にはここかしこと花頭窓があるわけですね。


     一休さんの絵本やアニメには絶対の必須アイテムです。



     そしてだいたい禅宗なのですが・・・、称名寺は

     禅宗じゃありません。

                笑



     ついでに華厳宗の東大寺の四天王が

     おいでの戒壇堂↓は、


      東大寺 戒壇院
                      東大寺戒壇堂




     何度も火災にあって、江戸時代に再建されたも

     のです。




     神社仏閣をそぞろ歩くだけでいろんなことが

     わかってくるでしょ。



              楽しいなあ。
 
23
 





横浜市金沢区 称名寺の赤門には

「鱗」

と、名付けられた寺紋がみられます。









2011年02月20日_DSC_0677 金沢文庫 称名寺 赤門 寺紋
金沢文庫称名寺 赤門 寺紋









釈迦堂の屋根にも鱗の寺紋が。



2011年02月20日_DSC_0657




称名寺は金沢文庫に隣接しています。
正確には境内の中に金沢文庫があります
 
13
 
前回


2010年07月11日_DSC_0715
深大寺 鬼太郎茶屋



マムはずっとずっとずーっと、

板もめんとばかり思っていました!


この年になって一反もめんと知りました。


みんな知ってたのかなあ?




天台宗別格本山浮岳山昌楽院
深  大  寺


東京都調布市深大寺元町5-15-1
TEL:042-486-5511




2010年07月04日_DSC_0644





深大寺で一番好きなところ。

それは

深沙堂




2010年07月04日_DSC_0627
2010年07月04日深大寺 深沙堂


鎮守の杜という感じがして好きなんです。

このお堂の中には秘仏深沙大王像

まつられているときいています。


マムは深沙大王ファン!





深沙大王といえば、




高野山霊宝館収蔵 深沙大将
高野山霊宝館収蔵 深沙大将


とか、



jishadaio








極めつけは・・・




226g0qdyonwglb62q




岸部シロー演ずるところの沙悟浄。

いいですね~。



深大寺の深沙堂にまつられている

深沙大将は60cm弱のどくろの胸飾りをつけ

象皮の袴をはいた恐ろしげなお顔をされた

鎌倉時代のとてもよいお像だそうです。


拝観したいものです!




2010年07月04日_DSC_0625





ということで、深大寺の巻は

オシマイです。


2010年07月04日_DSC_0688
一反もめんの日本手ぬぐい
 
11
 
前回



2010年07月11日_DSC_0744
深大寺 参道




天台宗別格本山浮岳山昌楽院
深  大  寺


東京都調布市深大寺元町5-15-1
TEL:042-486-5511





深大寺といえばだるま市で有名ですが、




2010年07月11日_DSC_0723







知られるべきは関東を代表とする

金銅釈迦如来倚像が釈迦堂においで

だということでしょ。




深大寺 釈迦堂
深大寺 釈迦堂





金銅釈迦如来倚像
金銅釈迦如来倚像


白鳳期の作といわれる全高84cmのお像です。

正暦寺 金銅薬師如来倚像(35cm)に

似ておられるなあと思います。

が、

正暦寺さんのお像の方が、細部に神経が行き

届いているようにおもわれます。



お仏像さんを比較して優劣語るのは
非礼だなあと・・・実は思っています。
後味が悪いです。ゴメンナサイ



正暦寺 金銅薬師如来倚像
正暦寺 金銅薬師如来倚像



深大寺の金銅釈迦如来倚像さんは

釈迦堂のガラスの向こうにおいです。

どうぞご覧くださいね。






2010年07月11日_DSC_0738
本坊



本坊は茅葺に白壁でとてもシンプルにて

モダンを漂わせる建物でした。

民芸館のような感じですね。




2010年07月11日_DSC_0730
2010年07月11日正午深大寺




この時期、門前は七夕飾りでとても

にぎやかにて美しいものです。





2010年07月04日_DSC_0665




してお世話になった鬼太郎茶屋の屋根の上は




2010年07月11日_DSC_0746




見てのとおりです。

ソフトクリームは鬼太郎茶屋

バニラがおいしいです。

牛乳のほのかな香りが口に

ひろがります。



マムはNHKのテレビ小説を見てはおらんので

よくわからんのですが、これ↓有名らしいですね。



2010年07月04日_DSC_0628





ここのおばちゃんが、盛んに「これ、私が作ったの」と

声を張り上げていて逆効果よの~と思うマムです。



                             この項つづく
 
05
 

前回




天台宗別格本山浮岳山昌楽院
深  大  寺


東京都調布市深大寺元町5-15-1
TEL:042-486-5511




2010年07月04日_DSC_0639
2010年07月04日深大寺




実はなぜ深大寺に馳せたかっていうと、

カプちゃん情報でびんずる尊者さんが

ごじゃること判明・・・てわけ。



2010年07月04日_DSC_0636
手水舎



おびんずるさんは元三大師堂の

おびんずるさん指定席の軒下に

おいででした。



2010年07月04日_DSC_0651
2010年07月04日元三大師堂賓頭盧尊者


賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)さんは

お釈迦さまのお弟子さんで大酒のみだったのね。

で、言うこときかんちんさんだったから

お釈迦さまに放り出されたわけ。だから

居場所が軒下ってわけです。


賓頭盧尊者2010年04月04日_DSC_1151
2010年04月04日東大寺大仏殿軒下の賓頭盧尊者



img023aa046zikfzj
2007年12月16日東大寺指図堂賓頭盧尊者



2010年04月04日興福寺 賓頭盧尊者
2010年04月04日興福寺南円堂 賓頭盧尊者


びんずるさんは体の悪いところを撫でると癒してくださる

「なでぼとけさま」ですよ。

マムは頭は悪い、顔は悪い、心は悪いであっちゃこっちゃ

撫でないといけませんデス。




2010年07月04日_DSC_0658~1
2010年07月04日元三大師堂内



                            つづく





lb_s05.gif



多田宏九段と入江康仁四段
多田宏九段と入江康仁四段

合気道入江道場
友人の合気道家入江康仁四段
(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)
のホームページがリニューアルし
アドレスがかわりました。
コチラをごらんくださるよう
お願いいたします。



ic_fi16.gif  ic_fi16.gif


こちらもマムの友人で、
本の紹介です。







 
04
 



朝から湿度がたかくて暑い日曜日となりました。

毛布を洗ったりお手洗い掃除に汗だくのマム。

う~ん、このまま家にいたら床にゴロリと

ひっくり返っちゃあ起きてビールになっちゃうなあ

・・・よっしゃあ。深大寺に行くぞ~。

と、おばチャリに乗って


15分後 はい 深大寺です。




2010年07月04日_DSC_0668
2010年07月04日


天台宗別格本山浮岳山昌楽院
深  大  寺


東京都調布市深大寺元町5-15-1
TEL:042-486-5511




2010年07月04日_DSC_0663深大寺山門
2010年07月04日深大寺山門



茅葺のどっしりとした山門は

この境内の最古のものだそうです。

質実剛健で好ましいです。



なんてことよりマムにおこった

とんだ災難と、人のやさしさっ!

実は、

深大寺についた途端なんとなんと

下駄の鼻緒が切れちゃったのっ。



2010年07月04日_DSC_0687




縁起でもないし、どうすりゃあいいのよぉ。

と、途方にくれて飛び込んだのが

鬼太郎茶屋



2010年07月04日_DSC_0630
2010年07月04日鬼太郎茶屋



「草履とかビーチサンダル売ってませんよね?」

聞かなくても売ってないことはわかっていたんだけど、

誰かに途方にくれているワタクシを知っていただきたい

心理全開! 知っていただいたらそれだけで心が救われる。

なに考えてんだか 苦笑


「申し訳ありません。履物はおいておりません」と、

とても丁寧に若いスタッフさんが応答。

だよなあ・・・と、思いつつもワタクシの窮状を知って

いただきたい。さすれば心は救われる。

ホントお馬鹿なワタクシ

と、ばかりに鼻緒が伸びきった下駄を見せながら

肩を落として「少しだけ椅子に座らせてください」

なんて思いっきり同情をかおうとしてしまいましたっ。

ヤレヤレ


椅子に座って下駄をしばし眺めて、

「どうするべ~」と考えあぐねていたら

なんと鬼太郎茶屋のスタッフさんが、

「これ汚いけど使ってください」と

スタッフお揃いのサンダルを貸してくださったんです。


ありがたかったなあ。

「助かります。もちろんお返しします」と言ったら

「着払いでいいですよ」ですって。



着払いにするわけありませんが、そんな言葉が自然に

出てくるなんて、すごいスタッフ教育ですねえ。

感心してしまいました。



もしワタクシまむが、実は女神ならこの鬼太郎茶屋が

未来永劫に流行るようにおまじないをかけるのですがっ。

でもこんな優しいスタッフがいるここはきっと

ずっと流行ることでしょう。


涼しげな一反もめんの柄の日本手ぬぐいを買いました!



2010年07月04日_DSC_0629

深大寺にいったら鬼太郎茶屋に行ってねえ


縁起が悪いなんてとんでもない!

気持のいい出会いがあってルンルンのマムは

お寺さんのことは不謹慎にも二の次になってしまいましたとさ。





                   この項つづく





lb_s05.gif



多田宏九段と入江康仁四段
多田宏九段と入江康仁四段

合気道入江道場
友人の合気道家入江康仁四段
(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)
のホームページがリニューアルし
アドレスがかわりました。
コチラをごらんくださるよう
お願いいたします。



ic_fi16.gif  ic_fi16.gif


こちらもマムの友人で、
本の紹介です。







                                   
 
30
 



2010年05月23日_DSC_1931
2010年05月23日榛名山バス停「山神」付近の自生藤



今回の「てくてく神社仏閣見仏記 榛名神社編」は、

三輪先生の上州風の連載がきっかけということは

「はじめに」に書いた通りです。



そのうえ、5月23日は前橋、画廊翠巒にての

三輪途道先生の個展最終日ということもあり、

リュック背負って雨の中でかけたわけです。



先ずは午前中が榛名神社へと向いました。

高崎駅からバスに揺られること40分くらいでしょうか。

緑の木々のここかしこに自生の藤が見られました。

まさに紫煙る状態で車窓に次々とあらわれます。

バスでなければ車をおりて愛でたことでしょう。


この付近のバス停名が「山神」。

なんてステキなんでしょう。

マムは、この時点で、来たことに満足しました。




DSC_1825




榛名神社の大きな特徴は、その自然でしょう。

植林ではない自生の木々の美しいこと。

参道に沿って流れる清流と数々の巨岩。


山神さんがおらっしゃるなあとマムは思いながら

参道をあるきました。



2010年05月23日_DSC_1926




しかし残念ながらほめてばかりというわけには

まいりません。

昔からうけつがれた文化遺産の保全状態が

非常に悪いのです。ボロボロといっていいかなあ。

このままだと後世には伝え残すことができないと

断言できます。



2010年05月23日_DSC_1901




現代に生きる私たちの使命は、連綿と続いてきた

文化遺産を後世に、子孫に渡すということにある

んですよ。途絶えてしまったら、もうおしまいなの

ですからね。


この榛名神社ですが、玉石混淆 の感が本の少しあります。

マムは写真に撮らなかったのですが、参道のいたるところに

新造の神さんの立像が見られます。

これはね、大きな声ではいえないけれど、、、

この榛名山にはあいません。格が違う!




こういうことにお金を使わずに、今ある朽ちかけはじめている

文化遺産にお金を使っていただきたいと思うのです。




随神像 左大臣
随神像 左大臣




これだけのいいお山にこれだけのいい神社は日本に

そうそうはありません。

神社側はその価値をもっともっと大切になさるべき

なのになあと、いち神社仏閣ファンのマムは

思いますよ。



もう一度、言わせていただきます。

わたしたち現代に生きるものは、連綿と続いた

文化遺産を後世に伝える役目があるのです。



随神像矢大臣
随神像矢大臣




榛名神社編  完






*榛名神社 はじめに
*榛名神社 随神門
*榛名神社 緑芳し参道
*榛名神社 双龍門
*榛名神社 本殿
*榛名神社 わたしたちの役目
 
29
 
前回


榛名神社 社殿鎮座の地



2010年05月23日_DSC_1877
双龍門





さあ、双龍門をくぐり

社殿鎮座地、本殿へとまいりましょう。




2010年05月23日_DSC_1876






2010年05月23日_DSC_1886
2010年05月23日榛名神社本殿




本殿は赤に黒という色彩が異彩を放つ

不思議な威厳をただよわせます。

画像ではわかりにくいのですが、

本殿の背後に聳える「御姿岩(みすがたいわ)」に

ご神体がお祀りされており、この御姿岩と本殿は

一体化(接続)しています。



2010年05月23日_DSC_1888





2010年05月23日_DSC_1890







せっかくですから

ずずっと近くに寄ってみましょう。










2010年05月23日_DSC_1925






2010年05月23日_DSC_1895





↓賽銭箱の彫物ですね。


2010年05月23日_DSC_1910






2010年05月23日_DSC_1894


↓↑左右対称、紅白の龍。


2010年05月23日榛名神社本殿





2010年05月23日_DSC_1918


↓↑床下。


2010年05月23日榛名神社本殿床下









2010年05月23日_DSC_1907



↑本殿脇の国祖社は神仏分離以前は本地仏を安置して本地堂と

よばれていました。どんなお仏像さまがおいでだったのでしょう。

あなうらめしやは、廃仏毀釈の嵐!






もう、なにも解説しません。

見てのとおりです。


ツカレタ





2010年05月23日_DSC_1916
鉄灯籠


                          



*榛名神社 はじめに
*榛名神社 随神門
*榛名神社 緑芳し参道
*榛名神社 双龍門
*榛名神社 本殿
*榛名神社 わたしたちの役目
 
27
 
前回


2010年05月23日_DSC_1868
双龍門 扉の彫物




榛名神社 双龍門





2010年05月23日_DSC_1863
御水屋




御水屋で手をきよめ急な石段をあがります。

せり出した巨岩の奥に双龍門がみえてきました。


  

2010年05月23日_DSC_1861





背後にそそりたつ塔岩は鉾岩(ヌボコイワ)、

ローソク岩ともいわれています。




2010年05月23日_DSC_1865





トップの画像はこの双龍門の扉の彫物です。

この門は龍だらけ。




2010年05月23日_DSC_1873






2010年05月23日_DSC_1866






2010年05月23日_DSC_1870





入母屋造、銅版葺、正面と背面に千鳥破風

四面に軒唐破風をつけた屋根は堂々として

優美です。




2010年05月23日_DSC_1884





どうです?

榛名神社は。

ステキでしょ。



この榛名神社にはマムはバスで

行ったのですが、途中の停留所の名前が

いいんだわあ。


「山神」。



いいでしょ。



この榛名神社は本当に山神さんが

いらっしゃるようです。





          *榛名神社 はじめに
*榛名神社 随神門
*榛名神社 緑芳し参道
*榛名神社 双龍門
*榛名神社 本殿
*榛名神社 わたしたちの役目                 
 
26
 
前回


2010年05月23日_DSC_1819
2010年05月23日榛名神社参道




榛名神社はロケーションがとっても

いいんですよ。

植樹したわけでもない、榛名山の

多用な木々が折り重なるように葉影をつくり

榛名湖を源とするせせらぎが渓谷をつくり、

ここかしこに巨岩、奇岩が姿をあらわしています。


まさに神が宿るにふさわしい神地といえます。




2010年05月23日_DSC_1821
鞍掛岩



三の鳥居の前には神仏習合の名残の三重塔。



2010年05月23日_DSC_1838
三重塔



2010年05月23日_DSC_1830
三重塔内装飾




2010年05月23日_DSC_1829
三の鳥居



この三の鳥居の先にみえる羊羹石は、、、



ま、箸休めとして・・・ 笑。



DSC_1836
東京ブラシ講



2010年05月23日_DSC_1841



落石防護屋根がついた参道の先には


2010年05月23日_DSC_1843



神橋です。


DSC_1848






2010年05月23日_DSC_1850
瓶子の滝(みすずのたき)




2010年05月23日_DSC_1857
御水屋




DSC_1856




神幸殿の石段を登る

その先の向こうに本殿が

あるはずです。



DSC_1852
神幸殿(みゆき)


ワクワクしてきました。

胸の振り子がブンブンうなっているマムです。






DSC_1854






*榛名神社 はじめに
*榛名神社 随神門
*榛名神社 緑芳し参道
*榛名神社 双龍門
*榛名神社 本殿
*榛名神社 わたしたちの役目                    
 
24
 
前回



2010年05月23日榛名神社随神門_DSC_1794
2010年05月23日榛名神社随神門



榛 名 神 社



さあ、随神橋を渡って世俗と聖地をへだてる

随神門へまいりましょう。


随神門をごぞんじですか?

仁王門という言葉はよく聞いても随神門って

あまり聞きませんよね。

元々は仁王門だったんですよ。


元来日本は神仏習合で、神様と仏様が仲良く協力し合い

敷島の国、日本、あるいは民を守ってくださったわけです。


でも、明治の廃仏毀釈の嵐は当然仁王門の仁王さまをも

追い出してしまったわけです。


そのご随神さまを祀ったわけですね。




せっかくですからくぐる前によ~く観察しましょうね。



この榛名神社の随神門は荒れて(*)はいますが、

見事で一級のものです。



*のちほど荒れていることについて書きたいと思います






随神像 左大臣
随神像 左大臣



随神像は寺院でいえば仁王様にあたるわけですから、

やはり阿吽の形でおいです。

神様をまもり、この杜すべてを守って

おいでです。お姿は武士の姿です。



随神像矢大臣
随神像矢大臣


その昔、やんごとなきおかたを守った

随身といわれる武士から転じて

随神となったようです。




あ~、だあれも随神さんを拝顔しないのよね~。

悲。




2010年05月23日榛名神社随神門_DSC_1798







2010年05月23日榛名神社随神門_DSC_1812







2010年05月23日榛名神社随神門_DSC_1810







2010年05月23日榛名神社随神門_DSC_1818





よ~く、ご覧くださいましたか!!!



右、左、天井から足元までながめすがめつ

結界をくぐりますよ。



さあ、ご一緒に。




2010年05月23日榛名神社随神門_DSC_1800






2010年05月23日榛名神社参道_DSC_1811




禊橋が見えます。

本殿まで700メートル。

清流にそって緑の木々がおおいかぶさる

参道をしばしあるきましょう。

                                  



*榛名神社 はじめに
*榛名神社 随神門
*榛名神社 緑芳し参道
*榛名神社 双龍門
*榛名神社 本殿
*榛名神社 わたしたちの役目
 
23
 

 

2010年05月23日榛名神社本殿


2010年05月23日榛名神社本殿 ひさし内彫り物



榛 名 神 社


鎮座地       群馬県高崎市榛名町849
  アクセス JR高崎駅西口より本郷経由榛名湖行き
         榛名神社前下車、徒歩15分





雨の中、思いたったが吉日のマム。

朝7時30分に三鷹を出て10時30分には

榛名神社随神門にいました。





2010年05月23日榛名神社随神門
2010年05月23日榛名神社随神門




上毛出版社刊の上州風に連載されていた三輪先生

の「祈りのかたち」その壱 は、実は

この榛名神社随神門の随神像のお話だったのです。


その中の1節を引用しましょう。


「境内の空気が澄んでいて、磁場のエネルギーも

すばらしいこと、社寺彫刻のといわれる建造物

に施した彫り物もレベルの高い出来栄えである

ことはもちろんのこと、なぜか随神門、随神像

に魅力を感ぜずにはいられません。」




これで、マムが行かないわけはないでしょう!

そのうえ、前橋では三輪途道先生の個展




2010年05月23日榛名神社随神門
2010年05月23日榛名神社随神門



先生がご指摘のように、急な坂をのぼり

世俗との結界の随神門があらわれると

なんともいえない聖なるものを感じました。




随神門の随神像や参道あまたの彫り物など

みなさんに披露したいことは山のようにあります。



本日は、最奥の本殿の社寺彫刻を本の少しだけ

紹介いたしますね。



トップの画像は最奥、本殿のひさし内の彫り物です。




2010年05月23日榛名神社本殿
2010年05月23日榛名神社本殿 賽銭箱 彫り物



こちらは、賽銭箱の彫り物。

見事ですね。





2010年05月23日榛名神社本殿




本殿の柱。




2010年05月23日榛名神社本殿床下



↑↓本殿床下。


2010年05月23日榛名神社本殿




マムはね、お参りしている人たちが、

まったくこういう細部に気がついていないのが

悲しくって、「ほらほら、ここここを見て」って

言いたくって仕方なかったのよ~ 笑。



どの建物のどの部分もおろそかにしていない。

それはやはり当時の人々が、神を意識して、

神が宿る場所として意匠をこらしたからだと思います。


これはとっても大切なことよ。

神がお宿りになる、あるいは仏さまがお宿りになる

そういう思いで制作されたものとされていないものとは

雲泥の差。本ものとまがいもの差が如実にでるんだなあ。



いや~、雨の中でも行ってよかったです。

三輪先生とも楽しくおしゃべりができましたしね。



2010年05月23日榛名神社




                   


*榛名神社 はじめに
*榛名神社 随神門
*榛名神社 緑芳し参道
*榛名神社 双龍門
*榛名神社 本殿
*榛名神社 わたしたちの役目

 
06
 



2010年04月29日_DSC_0560
2010年04月29日浅草寺宝蔵門



仲見世を抜けると、宝蔵門。

これは東大寺でいえば中門に

あたります。


2010年04月29日宝蔵門提灯下輪の装飾
宝蔵門提灯下輪の装飾


雷門の大提灯同様、この門の

提灯の下輪にも龍の装飾です。



2010年04月29日_DSC_0567
浅草寺 手水舎


このお水舎のお像は高村光雲作の龍神像

(沙竭羅(さから)龍王像)さんです。



2010年04月29日浅草寺手水舎天井
手水舎天井


墨絵の龍は東 韻光 作ですが、、、

ごめんなさい。マムは東 韻光先生を

し、ら、な、い!




2010年04月29日_DSC_0571
本堂の内陣御宮殿




本堂の内陣中央にはご本尊聖観世音菩薩を奉安する

御宮殿(ごくうでん)があります。この御宮殿内には、

絶対的秘仏といわれる本尊聖観世音菩薩がおいでです。


33年に1度開帳される浅草寺の御本尊は秘仏を模刻したと

いわれる身代わりの像、お前立ちです。


この絶対的秘仏といわれるご本尊は5センチほどの

ご体高で、金無垢と流布されていますが、

明治の神仏分離の際にお役人がこのご本尊さまに

拝顔しており「20センチほどで、火災(らしい)

にて損傷が激しい」お仏像さまだといわれています。


2010年04月29日_DSC_0577





本堂天井には、

堂本印象(どうもといんしょう) 「天人之図」

川端龍子(かわばたりゅうし) 「龍之図」

の絵が。




さて、それらを包括する本堂のお姿は!







2010年04月29日_DSC_0564





平成本堂大営繕中

11月末完成予定





プロフィール

ポコmom

Author:ポコmom
リュックに本をいれて、ひとりテクテクお仏像巡りをしている時が一番幸せです。
「白マム印日本のこと日本のもの」では真面目なポコマムがいますよ。よかったら白マムへもお越しください。
http://gurekomom.blog.fc2.com/

カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

最新記事

最新コメント

カテゴリ

最新トラックバック

月別アーカイブ

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR
Copyright © ポコmom / Designed by Paroday